「アンタそれ、藤真さんじゃない?」
「…誰、それ」
「は?」
イヤ、知らないし、と返すと友人は大層呆れた顔で大きなため息をついた
Relations of 100 yen.
教室の窓側の席2つ、机をくっつけて昼食の準備をしていた私は
に昨日の話をした
おそらく運動部の、多分上級生の、綺麗な男の人の話を
「くらいだよ、藤真さん知らないのなんか」
それでもアンタ女?とまで言う彼女は、少し酷いと思うけれど
それ程知っていて当たり前な人だったらしい
の話によるとその藤真さんとは、
バスケが上手で、部のキャプテンであり監督も務めていて
さらにはあの端正な美貌から女の子に絶大な人気を誇る云わば王子様的存在らしい
今まで生きてきて、彼氏など出来た例が無い私がそんな色恋沙汰の情報を知るわけが無く
こうして「それでも女か」とか「翔陽の女子失格」とか言われる始末
「よし、じゃあジャンケンしよっか」
「ん。」
そんな王子様を知る知らないの話より、とりあえずお腹が減っていることの方が今の私には重要だった
「うー…負けたぁ…」
見事ジャンケンに負けてしまった私は4階から1階にある自販機まで向かう
昼休みだから行き交う人が多くて、廊下を走ることも出来ず結構時間がかかってしまう
さらには、昼時で沢山の生徒が買いに来るため自販機の前にちょっとした行列が出来ていた
「…並ぶ、しかないよね」
さすがの私も上級生の間に割り込むことなど出来ず、仕方なく最後尾に並んだ
お金を入れてボタンを押して、商品を取り出すだけのものだからすぐに用は済むので
あっという間に私の前の人が買うところまできた
「あ…足んねぇ…」
前の人の呟きが聞こえ、私はゆっくりと顔を上げた
どうやら前は男の人らしく、制服のYシャツが目の前に広がる
私の背は大きくも無いけれど、多分それ程小さくも無い方だと思う
でも男の人は背が高くて、ゆっくりと見上げて大きいなーなんて暢気に考えていると
不意にその人が動いた
「あ、悪いんだけどちょっと10円貸して」
「…え」
振り向いた前の人は私を見下ろしてそう言った
見覚えのある顔だった
「10円、…あー、やっぱ100円。貸してくれ」
「あ、ハイ」
言われるままに、財布から100円玉を取り出し、手渡す
サンキュ、と言ってその人は私のお金で飲み物を買っていた
…昨日の人だ
昨日、水道のところであった人…
自販機の前で、昨日のことを思い出しながら2人分の飲み物を買う
商品を取り出して、列から外れるとお金を貸したその人が立っていた
「悪いな」
「あ、イエ…」
成る程、ホントに王子様だ、と思う
背が高くて、綺麗な顔立ちで、しかもバスケ上手なんでしょう?そりゃ皆好きになるよ…
現に廊下を行く女子生徒が、この人を見て小さな黄色い声をあげている
そうだ、絶対この人なんだ、と確信をすると何だかとても居心地が悪く思えた
「教室行って花形に借りればいいか、100円」
私が居づらく思っていることなど気づかずに、藤真さんは買ったばかりの飲み物を飲みながら言った
「あの、いいです。100円くらい…」
出来れば早々に立ち去りたいと思った私は、貸した100円を諦めようとした
早く戻ってご飯食べたいし、女の先輩も、ちょっと恐いし…
「俺がヤだから、教室まで来てくれ」
「や、ホント…イイデス」
1歩後ずさり、このまま4階に続く階段まで一気に走って逃げようとする
が、それは失敗に終わった
「来い」
たった二言なのに、とても優しいとは言えない表情で言われてしまえば、1年の私には
「…ハイ」
としか答えようが無かった
1年の教室は4階、3年生の教室は2階、
普段2階は階段しか通らないので3年生の教室前の廊下なんて滅多に歩かない
なのに、何故か今、昼時で人が多いのに
沢山の上級生で溢れる廊下を歩いている1年の私
2メートルくらい前に藤真さんが立っていて、一度この人に向いた視線がそのまま私にも向いて
緊張した私は、身を縮めて早く自分の教室に帰りたいと望むばかりだった
階段を上って、廊下を通って、反対側の階段の前で藤真さんは足を止めた
そして「待ってろ」と言って(命令系…)、階段前の教室に入っていった
3年生の廊下に置き去りにされた私は、いっそこのまますぐ脇にある階段を駆け上がってでも
教室に戻りたいと思った
ここにいるのも嫌だ、でも…逃げるのも恐い…
などと考えていると、藤真さんが戻ってきた
「ホント悪いんだけど、明日でもいいか?」
「はい…」
ここで「100円くらい、いいです」なんて言ったらまた恐い顔されそうだ、と思った私は
この人のいう事に素直に従うことにした
「クラスと名前は?」
「1Cの、です」
「クラスに同じ苗字の奴とかいないよな」
「居ません…」
そう告げると、藤真さんはヨシと頷いた
そして
「明日の放課後までには必ず返すからさ。悪かったな」
と苦笑を浮かべて謝られた
やっとそれっぽい笑顔が見られたので、少しだけ恐怖心が無くなった
「解りました。それじゃ、」
「おぅ」
失礼しますと頭を下げて、私は階段に向かう
そして早足で4階まで上っていった
昨日の今日で、藤真さんがどういう人なのか少しだけわかった様な気がした
「悪い人じゃなさそうだけど…王子様でもないよね…」
周りに聞こえないように、小さく呟く(もし女の子に聞こえたら終わりだ)
自分の教室の前まで戻ってきたところで、私は盛大にため息をついた