日暮れも早い初冬のこと





オレンジボーイ





ちりーん、とベルの音が響きゆっくりと扉が閉まる
最後のお客さんが帰って、お店は今日のところはこれでお仕舞い

大通りから少し外れたところにある小さな喫茶店
大きな店ではないけれど、綺麗でお洒落で落ち着いた雰囲気だと
若い女性の間で実は人気だったりする

グラスとお皿をトレイに載せ、それは厨房に持っていく
再び戻ってきて、今度はひとつひとつのテーブルを拭いていく

ふと外を見ると、まだ5時過ぎだというのに日はすっかり暮れていて辺りは既に暗い
今は室内で暖房がかかっているが、恐らく外は寒いだろうなと思う

テーブル拭きの後は床を箒で掃こうと思い奥に道具を取りに行こうとすると
不意に「ちゃん、」と呼び止められた

「何ですかマスター」

カウンターで洗い終わったグラスを拭く年配の男の人が、マスター
優しくて落ち着いていて、時々お茶目で、お客さんにも大人気の粋な人だ
マスターは綺麗に磨き終わったグラスをそっと棚にしまうとにっこり笑う

「お疲れ様、今日はもういいよ」

「えっ、でもまだ…」

ちらりと、店内の壁にかけてあるアンティークな時計に目をやる
バイトの終了は5時半、まだ5時を過ぎたばかりだ

「まだ早いですし、それに床の掃除をやらなきゃ…」

マスターのご好意は有難い
けれど理由も無いのに仕事を早く繰り上げるのは気が進まない
お給料を貰っているのだから、好きでこの店で働かせて貰っているのだから
きちんと仕事はしたいと思う。

マスターは目元にしわを作って苦笑を零し、次のグラスを手にとって磨き始めた

「でも、最近日が暮れるのも早いだろう?まだ5時だというのにもう暗い。」

女の子が暗い道を歩いて帰るのはあまり僕も嬉しくないよ、と優しい声色が届く。
何も言えない私はその優しさを嬉しく思いつつもなんだか申し訳なく感じる
箒を持ったまま俯いていると、マスターがどこか楽しそうに言った。

「掃除は僕がやるし、今日は特にもう仕事はないんだ。それに…」


ずっと待ってるボーイフレンドが、可哀相だろう?


「えっ…」

驚いて、私は視線を上げてマスターの顔を見る
マスターはにっこり笑い、そのまま視線を外にずらした
私もそれを目で追うように、外を見る

店の正面の柱に誰かが寄りかかっている
その人が呼吸をする度に白い息がふわりと浮かんで、消える
外が暗くても、外灯に照らされているので姿形はハッキリと見えた
そのオレンジ色の髪を見て、すぐに誰だか分かった

「一護…」

「そうだな、恐らく最後のお客さんが帰ったときにはもう立っていたかな?」

マスターはどこか楽しそうにそう呟き、鼻歌まじりにグラスを磨く
そして外を見ながら呆然と立っている私に気づき、少しだけ意地悪そうな顔をした

「ボーイフレンドが風邪を引いて看病しますって言ってもお休みはあげられないよ?」

「…っ、ハイっ…!」

嬉しさと、恥ずかしさとで、顔が火照った
私は「ありがとうございます!」と言って、急いで店の奥に入っていった
背後から「あぁ、箒は出しておいてくれて構わないからね」という明るいマスターの声が聞こえた

大急ぎで制服から私服に着替えた私は、帰り支度を整えてカウンターに戻ってくる。
そして思い切り頭をさげて、マスターに謝礼の言葉を言い残し、店を後にした



「一護ッ!」

店の扉を開けてすぐにその名前を呼ぶ
びゅうっと冷たい風が吹いてきたけれど、それさえも気づかない程私は慌てていた



振り向いた一護はふっと柔らかな笑みを浮かべ、そう言った
たったそれだけのことで、私の心は暖まる

「終わったか」

「うん…ずっと待っててくれたの?」

「いや、さっき来たばっかだけど」

ぶっきらぼうにそう言う彼の耳と鼻は微かに赤い
本当はずっと待っていてくれたのだとそれらは物語っていた
でもそうは言わずに一護は「バイトお疲れさん」と優しい言葉をかけてくれた

「帰るか」

「…うん」

差し出された手を、そっと握った


ずっと外にいたであろうにも関わらず帰り道に繋いだ手はぽかぽかと暖かく、
そういえばポケットにずっと手を入れていたことを思い出す
大きな逞しい手から伝わる温度は、暖かくて優しくて、幸せ
街灯に照らされた道を歩くスピードは私のもので、彼が歩調を合わせてくれていることがまた酷く愛おしい

「バイトさ、大変か?」

「ううん、楽しいよ。マスターも優しくていい人だし」

「そっか」

「うん、それに…一護が、迎えに来てくれるから」

「…あぁ」

どきどきしながら、素直にそう言うとふっと目元を和らげて一護は微笑む
そんな表情にも鼓動は早くなって、ああ家がもっともっと遠ければいいのにと密かに思った

あと10分もしない内に自宅に着いてしまう
もっと一緒にいたいけれど、時間はそれを許してはくれない



だからせめて、一護の手をぎゅっと握って

2人だけの帰り道を堪能させて____



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