慣れない、落ち着いた雰囲気と静かに流れるジャズ。

カウンターに座っている私と、その隣には憧れの先輩。

いつもと違う雰囲気に、ドキドキせずにはいられない。



「あ、あの…」

初めて飲んだ本格的なカクテルのグラスを、静かに置きながら話を繰り出す。

「志波先輩は…こういうお店によく来るんですか?」

ああ何イラナイこと聞いてるのアタシ!と内心後悔しながらちらりと先輩を見ると、目が合ってドキッとした。

「まぁたまにな。は?」
「私は…あんまり、っていうか今日初めてですね」

こんなお洒落なお店、入ったことがなかった。
行くとしたら、居酒屋とかばっかりで何だか恥ずかしく思える。

「へぇ、結構いいだろ。ココ」

ふっと笑う先輩はいつもの優しい笑顔にどこか色気を持っていて、思わず視線を逸らして誤魔化すようにグラスに手を伸ばし、短く簡単な返事をするのが精一杯だった。

一杯目のカクテルは甘めで、二杯目は先輩のオススメのもので、ちょっと強め。
あまりお酒に強くもない私だけどアルコールがきいていて心地良い。

ふと、先輩の手が目に入った。グラスを持つ、大きな手。
何度も頭を撫でられたことがあったなぁとぼんやり考えていると、視線に気づいた先輩が「何だよ」と笑いかけてきた。
私は「イエ、何でもないです…」と言ったが、それは全くの嘘で、本当は目眩を起こして今にも倒れそうだった。

それから1時間ほど他愛ない会話を楽しんだ。

会計のとき財布を出そうとモタモタしている間に先輩が全部支払ってしまった。
自分で払います、と言いかけたが「頑張ってる後輩に先輩が奢ってやる」と言われ、一瞬戸惑ったが素直にお礼を言った。

お店を出るとひんやりとした夜の風が酔いを醒ますのに丁度いい。
ああ、名残惜しいけれど、お別れの時間だ。
仕方ない、また明日会社で会えるじゃない。

「あの、ご馳走様でした」
「おぅ、また明日な。気をつけて帰れよ」
「はい。それじゃあ、失礼します」

軽く頭を下げて、先輩が歩き出すのを見て私も反対方向へと進もうとする。

夜空を見上げながら、帰り道が同じで一緒に帰れたらよかったのになぁ、などと欲張りなことを考えながら歩き出そうとした。
その時、



グッと何かに強く腕を引かれ、よろけるような足取りで振り返りながらその力の方向に引き寄せられる。
一瞬、アタシこんなにふらつく程酔っちゃったかななんて頭の隅で思ったけど、違う。
先輩に、腕を引かれて、私、抱きしめられているんだ。

「あ、あの…志波せんぱ…」
「二人きりで、わざわざああいう店に誘って、強めの酒で酔わせて。それで男が惚れた女をそのまま帰らせると思うか?」

耳元で響く、甘い囁き。
アルコールで鈍った思考を声だけで支配され、クラクラした。

「まだ、帰さねぇからな、

誘惑の言葉に、私はただその腕の中で頷くことしか出来なかった。



PM10:09
今日の終わりまで
あと1時間51分

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