金曜5限の講義が終わって、いつもならとっくに自宅に着いてのんびりご飯を食べながらテレビを観ているであろう時間に、私はどうして美味しいとも思わないアルコールを飲みながら、こんな知らない面子ばかりでテーブルを囲んでいるんだろう。


数合わせで急きょ参加することになった合コンは、それはもう私のテンションを多いに下げおろしてくれた。それほど親しいわけでもないのだけれど、たまたま先日ディスカッションで一緒だった(名前知らない)子に頼まれて、断りきれずにやって来てしまった(というか無理やり連れてこられた感強いけど…)居酒屋で、お酒が飲めないのをひた隠し、嫌々サワーをちびちび飲む哀れな自分。

「あれーちゃん、疲れてる?」
「あ、いえ…まぁ今日レポート提出あったんで、ちょっと寝不足で…」
「そっかー学生さんは大変だねぇ」

爽やかに笑う斜め向かいの社会人に、とりあえずテキトーな笑みを返し、唐揚げを頬張る。居心地が悪いので、出来るだけおつまみに視線を向け、忙しなく箸を動かした。

私以外の人は皆だいぶお酒も進んでいるのか、楽しげに笑いながら会話を弾ませている。・・・ただ一人を除いて。

「悪ぃ、そこの手拭きとってもらえるか」
「あ、ハイ…どうぞ」
「あぁ、どうも」

浅黒い無骨な手が伸びてきて、私の手からおしぼりを持ち去って行く。お向かいに座るこの人だけは、話を振られない限りあまり会話の輪には入らず、淡々とお酒を飲んで枝豆を口に放り込んでいく。

「ローさんお酒強いんですね〜?」
「まぁ、それなりにな」

私のお隣に座っている方は、どうやらこの正面の男性が気に入ったようで、時折甘えるような声で話しかけている。ローさんと呼ばれた人は、たしか…トラファル…ローとかいう名前だったような、で、職業はお医者さんだと言っていた気がする。なるほど、ちょっと怪しげな雰囲気はするけれど、顔も端正だし、医者だし、そっけないけど全く笑わないわけでもない、ということでお隣さんは完全にハンターの目だ。

すると、タイミングよく、ハンター有利な号令が飛ぶ。

「それじゃ、そろそろ自由に席かえて行こっか!」

私から一番遠い向こう端の男性が大きな声でそう呼び掛けると、一斉にみんなが立ちあがって、素早くお目当ての相手の横に座った。動かなかったのは私と、私の向かいのトラファ…(いいや、めんどい)ローさんて人だけ。あとはみんな酔っぱらいながらも予想以上にテキパキと席につく。

「じゃあ私ローさんの横行っちゃおうかな〜」
「私もー」

さっきまでお隣だった人と、私とは反対の端にいた数合わせを頼んできた子が元気よくお目当ての人を挟んで腰を下ろす。おお、2人も釣るとは、と内心驚いていると、私の横にも男性がジョッキを持ったまま移動してきた。

ちゃん飲んでる〜?あんま進んでないっしょ」
「はぁ、その…お腹減ってるんで」
「そっかそっか、どんどん食べちゃえ!どうせみんな大して食わねーしな!」
「あはは…」

テキトーに笑っておけば、相手はだいぶ酔っているのか、うんうんと大きく頷くと豪快にジョッキを仰ぐ。飲みっぷりは素晴らしいが、ビールの匂いが苦手なので、距離を置きたいなと思う。

「ローさんお医者さんなんですよね〜大変そ〜」
「結構生活不規則だったりするんですかぁ?」
「規則正しくってのは無理だな、急な手術とかも入るし夜勤もある」
「手術とかすっごいー!」

聞き耳立てるつもりはないのだけれど、この距離で聞くなといわれても難しいわけで、向かいの会話が自然と脳に入って行く。私はフライドポテトをパクリと口に放り込みもぐもぐと咀嚼しながら、だから目の下結構隈すごいのか、と勝手に納得していた。こっそりと盗み見るように目線だけで正面を見ると、ローさんと目が合ってしまい、慌てて視線を大皿に盛られたポテトに戻した。びっくりした…。話聞いてたのバレたかもと、と思ったものの、まぁどうでもいいやと考えるのを放棄した。どうせ、この一次会が終わったら即効抜けるつもりだし。

それからも、隣でどんどんビールを体内に流し込んでは声が大きくなっていく男性の話に適当に反応を返しながら、私は一人ぎこちないまま忙しなく箸を動かした。さすがに、全部食べきるのはまずいかなと思ったので、ある程度のところで自重し、また美味しくないサワーをちびちび飲む。

「もしかしてお酒弱い?顔ちょっと赤いけど、そんなに強いやつじゃないっしょ、ソレ」
「そう、ですね」
「アハハ!若干酔ってんなぁーちゃん」

何が愉快なのか分からないが、笑われてとりあえず曖昧に笑みを返しておく。ああ、でも確かに、飲めないのに無理したせいか、若干頭がぼーっとしてきたな。グラスを持っていた手で軽く自分の頬や首を触れてみると、ひんやりとした感覚が心地いい。けれど、その熱もすぐに奪われてしまうもので、私はしばしお手洗いで涼んで息抜きをしてこようと席を外した。

「うあー…涼しー…」

お手洗いの外に小窓があったので、勝手に少し開けさせてもらい壁に寄り掛かる。

「しばらくココいよっと」

そのまま壁に身体を預け、ケータイを取り出しいつの間にか受信していたメールをチェックしていると、タイミングよく友人からの着信。丁度いい暇つぶしだと、すぐに出た。

「はいはーい」
『あ、出た。やっほー合コン駆り出されたんだって?大丈夫かなーって思って電話かけてみた』
「んー大丈夫だけど、嘘、びみょう、てか帰りたい」

駄々をこねるように壁に後頭部をつけたまま、首を左右にゆるゆると振る。髪を束ねていたシュシュが落ちそうになって、そのまま解いてしまった。肩に落ちた髪が風に揺れてくすぐったいので、身体を反転させて窓枠に腕をかける。僅かに吹き込んでくる風が気持ちよくて目を閉じた。

『ハハ、飲み会とか好きじゃないもんねー可哀そうに』
「ホントだよ。飲みとかめんどくさいし、好きじゃない。でもまぁもう少ししたらお店出て二次会とかの流れだろうから、テキトーに言って帰る」
『そうしなー月曜のプレゼンの準備あるんでしょ?終わんなくなるよ〜』
「早くとりかかりたい…単位が…!」
『頑張れー!で、どう?良さそうな人いたぁ?』
「やーそれが相手社会人で、向こうは学生だと思って気楽に話しかけてくるけど、結構気まずい。医者とかいるんだよ?」
『まじか、イケメン?オジサマ??』
「年はまだ若いと思う。イケメン…かなぁ、女の人2人釣れちゃうくらいには」
『うわ!強いな!』
「ねー本人もね、余裕そうだった」
『うーわー』

仲の良い友人の声に少し気持ちが上向き、風の心地よさもあって、自然と口元が緩む。このままずっと話していたかったけれど、どうやら向こうはバイトの休憩の合間だったらしく、結局5分程度しゃべって電話は終了してしまった。ケータイを手のひらに握りこみ、大きくため息を零す。
仕方ない、そろそろ戻るか。
のろのろと身体を動かし、小窓を閉める。そして席に戻ろうと身体を反転させた、次の瞬間、私は驚いてケータイを落としそうになった。

「なんだ、もう戻るのか?」

振りかえったそこには、あのローさんという人が腕を組み壁に寄り掛かって立っていた。意地悪そうに眉を上げ、口元が僅かに笑っている。いつから居たのだろう…先ほどの会話(というか私の言ったこと)をまさか聞いていたのではないかと内心酷く焦る。何と言葉を返せばいいのか分からず、両手でケータイを握りしめながら「あ…あの、」と視線を泳がせていると、ローさんがゆっくりと身体を起こし、そのままこちらに歩み寄ってきた。壁際にいる私に逃げ場はなく、思わず身構える。

「な、なんですか…」
「いや、飲み会嫌いなんだなと思ってな」
「っ…!」

ずっと聞いてたんだ…!と息が止まった。ということは、確実に私がこの人のことを色々言ったのも聞かれてしまっている。ローさんは怒っているのか腹いせなのか、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら上半身を屈めてさらに距離を詰めてきた。

「あの程度で酔うってことは、相当弱いか全く飲み慣れてねぇってとこか」
「…」

くつくつと笑う声で図星をつかれ、顔が熱くなった。
少しずつさらに距離が縮められ、私は反射的に顎を引くように俯く。

「飲めない酒は飲むもんじゃないぜ、こういう集まりのときは特にな」

耳の近くで低く囁かれて、心臓が思い切り飛び跳ねる。
何、この人…何なのっ!?と頭の中は大混乱。先ほど醒ましたはずの酔いが復活して、それどころかさらに悪化したかのように目が回りそうだ。しばらく動けないでいると、不意にグン、と強い力で右腕を引かれ、驚いた私は勢いよく顔をあげた。ローさんはニヤリと医者とは思えない悪人ような笑みを浮かべ、そのまま歩き出す。

「な、何ですか…離してください!」
「俺に命令するな。例え嫌々巻き込まれた身だとしても、隙を見せるとどうなるか教えてやる」
「は!?」

抵抗してみるものの、結局はずるずると引きずられ後に着いていくしかない。ローさんは皆のところに戻らず、ざわついた店内をスイスイと通り抜けそのまま店の出口へと向かう。そしてやっと腕を解放されたかと思うと、「待ってろ」と言い残して奥へと戻っていってしまった。

「なに、何なの…帰れってこと…?」

訳の分からないまま茫然とそこで立ち尽くしていると、二人分の上着と、私の鞄を持ってローさんが戻ってきた。何か言わなきゃと口を開こうとした瞬間、再び今度は手を引かれ店の外に連れ出される。店員の元気なお見送りの声に訳が分からず後ろを振り返り、ふと何故かお会計のことが頭に浮かんだ。

「ま、待って…お金、」
「いい、二人分置いてきた」

呆れたようにそう言われ、私は状況が理解出来ず、首をかしげることしか出来ない。渡された自分の上着と鞄を握りしめたまま立ち尽くしていると、繋がれていた手が離され、さっさと着るように促された。すでに店を出てしまい、かといって逃げ出せる状況でもなく、私は言われるがままにのろのろと上着を羽織る。終わると、「行くぞ」と再び手を引かれた。

「行くって、どこにですか、わ、私帰りたいんですけど…!」
「明日土曜でどうせ休みなんだろ」
「休みですけど、課題があるんです!月曜プレゼンなんですよ…!」

必死に抵抗をみせると、その手は離れないものの、ローさんはしばし考え込むかのように黙ってしまった。その様子に僅かに期待を抱いた私はとにかく目で訴える。しばしの沈黙の後、ローさんが思い切り腕を引かれ、先ほどのように距離がぐんと近づいた。

「安心しろ、日曜がある」
「日曜って…!明日の話をしてるんです!!」
「だから、理解悪ぃな。明日が潰れても、明後日課題やりゃいいってことだ」
「なっ、にそれ…!イヤです!帰りたいんです!」

全身の力を振り絞ってローさんの手を振りほどき、足元がもつれて転びそうになりながらも身体を反転させて駆け出そうとした。が、グン、と強い抵抗に負け、前に進めない。焦って視線を下ろすと、胴に腕が回されて完全に拘束されてしまっていた。もう、パニックになって反抗するのも涙声だ。

「ヤダ、何なのアンタ…!放してよ…っ」
「黙れ。大人しくしろ」
「っ…!」

耳のすぐ下に顔を埋められた状態で低く囁かれ、驚きのあまり全身が縮こまる。一瞬、抵抗する力が弱まり、その隙をつくかのように更に力で抑え込まれてしまえば、完全に身動きがとれなくなってしまう。
酔いと混乱とで鼓動がうるさいくらいに激しい。声を荒げたせいで息が弾み、僅かに身体が震えた。訳が分からない、こわい。

「悪いが、久々に休みがとれた週末なんだ。つまらねぇ飲み会で運よく獲物を見つけて、それをみすみす逃す程甘くはないんでな」
「え、獲物って…」
「お前だ、
「!」

視界には見えないのに、何故かこの男が笑むのが、分かった。

「プレゼンは諦めろ」

その声は、恐怖感を煽ると同時に、私の抵抗を完全に無くさせる力を持っていた。
『飲めない酒は飲むもんじゃない』、あの一言がどこか遠くで自分を憐れむかのように浮かび、夜に溶けていった。





Weekendの始まり
安心しろ。課題なんざやらなくとも死にはしない。だから、気を楽にして俺の言うとおりにしろ。