心地よい眠りから覚めると同時に、担任の先生が帰りのホームルームも終わりを告げる。
皆が一斉にがたがたと立ち上がるのを、ぼんやりと眺める。どうやら、午後の授業をほとんど睡眠に捧げてしまったようだ。
やっちゃった…と思いながらも、熟睡したおかげで頭は冴えていた。
2.
「ー、結局起きないで午後丸ごと終わっちゃったじゃない」
鞄を持って私の席までやってきたが、呆れた顔で話しかけてきた。もう苦笑するしかなかった。
「あーうん。ごめん、ノート貸してもらえない?」
「そう言うだろうと思って、ハイ」
彼女は手に持っていたノートを私の目の前に突き出した。私はアリガトウ!と笑顔で言い、言葉通り有り難くノートを拝借した。今日一日持ち帰ってもいいか尋ねようとしたのだが、私が口を開く前に「明日絶対忘れないって約束するなら、持って帰ってもいいわよ」と言われてしまった。さすがです、何でもお見通しのようだ。
「ありがとー!じゃあ帰って早速写させていただきます」
そう言いながら、借りたノートを鞄にしまって私は席を立ちあがった。すると、がため息交じりになりながらもからかうような口調で「ざんねーん」と言った。
「はまだ帰れないわよ」
「え?」
「…アンタ、ホントにホームルームまで爆睡してたでしょ?今日の放課後、図書委員会の集まりあるってさっき連絡事項に挙がってた」
図書委員の、集まり…?私は一瞬よく分らずに首を傾げてしまったが、そういえば強制的に図書委員にされてしまったことを思い出した。折角帰る気満々でいた私は、途端うなだれる。そんな私を憐れんでか、がポン、と私の肩に手をかけた。その軽い衝撃に、視線をあげて彼女を見ると、満面の笑顔。
「ご愁傷様っ」
「…はぁ…」
ため息を零さずにはいられなかった。
面倒なことになってしまったと、本に夢中だった自分を悔やんでみるけれど、今更もう遅いことは分かっている。仕方なく私は持ちかけた鞄を机の上に置いた。
「集まりって普通に図書室行けばいいんだよね」
「うん。各クラス一人でいいらしいけど…せっかくだから仁王と一緒に行ってきなよ」
「はぁ?」
何が“せっかくだから”なのかさっぱり分からず私は素っ頓狂な声をあげてしまった。いや、確かに彼も図書委員ですけど…私同様無理やり割り振られた哀れな方ですけど…だからと言って『各クラス一人』でいいのに、なぜわざわざ二人で行く必要があるのだろうか。いや、ないだろう。どう考えても。
「クラスで一人でいいって言ってたんでしょ?だったら私だけ行けばいいじゃん。に、仁王くん部活忙しいんだし」
そうだ、彼はテニス部員なのだ、それもレギュラー陣の一角。そんな彼にわざわざ必要もないのに一緒に委員会行きましょう、なんて…言えるわけがない。しかも仁王くんとは親しい交友関係があるわけでもない。これがだったら、たとえ嫌がられても一緒に行こうと声をかけているだろうけれど(まぁ即答で断れるだろうが…)、相手はあの、テニス部の、仁王くん。私にそんな度胸があるはずもない。
「部活忙しいやつがホームルーム終わるまで机に突っ伏してるモン?」
「え…」
がじろりと窓際の席を見るので、私もつられてそちらを向いた。
視線の先には、机の上に倒された大きな身体とふわふわ揺れる銀色の髪。規則正しい呼吸とともに、それらは一定のリズムで小さく動いていた。
「部活行く気ないんなら、委員会に引っ張っててもいいんじゃない?」
「ヤ、でも多分起きてすぐ部活行くだろうし…疲れてるんだよ、きっと。真田くんにしごかれてさ」
きっと、今日も早くから朝錬頑張って、今は少しでも体力を回復しているんじゃないかな、と適当にそれらしいことを言ってみると、は「ホント、は人がいいというか何と言うか」と眉尻を下げた。本音も少し混ぜるなら、まだ仁王くんと上手く話したり出来ないし、気まずいというか緊張してしまうから、一人で行く方が気楽なのだ。
がまだ不満そうな顔をしていたので、私は慌てて鞄を持った。
「集まりってすぐ始まるよね?行ってくる」
「鞄ごと?」
「うん、終わったらそのまま帰るつもりだし。でも何時になるか分かんないから、先に帰ってて」
「りょーかい。じゃ、また明日ね」
うん、じゃあねーと手を振りながら、私は図書室に向かうべく教室を後にした。
小走りになりながら図書室に向かう道中、私は何気なく窓の外の景色を見て、日差しの明るさに少し目を細めた。足を止めずに、ぼんやりとさっきの仁王くんの様子を思い出す。
詐欺師と呼ばれる彼だけれど、さっきの居眠り姿はやはり、どうこからどう見ても普通の中学生の男の子だと思う。
なんだか、妙に可笑しくて、思わず小さく笑ってしまった。
「ペテン師には取っ付きにくいけど、さっきみたいな仁王くんなら、少しは仲良くなれるかな?」
自分にしか聞こえない声で、笑いながら思うがままに呟いてみた。もちろん答えは得られないけれど。
彼の態度次第___いや、寧ろ私の行動次第なのかもしれないと、頭の片隅でそう思った。
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