ベッドに寝そべり枕に上半身を乗せ、ペンを握って手のひらサイズのメモ帳に向かってウンウン唸る私。時計はすでに深夜2時を回っていて、もちろん明日も学校なわけで、あと5時間くらいしたらまた制服を着て登校しなきゃいけない。いけないんだけど…まだまだ、眠れそうにない。
「うーん…やっぱりこれくらいのこと、口で簡単に伝えれば十分かなぁ。わざわざメモに書くって、おせっかい?」
ペンのノックをカチカチといじって、一時停止。
「でも曜日と時間伝えるにはメモの方が分かりやすい…よねぇ?」
ああもう!と髪をかきむしると、今夜はドライヤーで乾かすこともせずこの状態となったのだが、ほとんど乾いていて、ひんやり冷たい。その温度にふと珍しい銀髪を思い出して、もしかしてこんな感じの温度なのかな、と何気なく思った。
「って、ホント何考えてるんだろう私…」
ぐしゃぐしゃになった髪をのろのろと手櫛で整え、もう一度手元をじっと見つめる。書きだしては手を止め、一枚破って、また悩む。何回繰り返したかもう分からなくなった。しまいにはペンを放りだし、とうとう枕に沈むことに。
「あーもーなんでこんなことにっ」
はぁぁあと長いため息をついて、しばし沈黙の後、再び私はペンを手にとった。
3.
「おはよーーって!何その顔!?」
「ずいぶんな挨拶だなぁ!まぁ、いつもながらヒドイ顔なんですけど」
朝一番に友人に顔のことで驚かれちゃ、さすがの私だって笑顔が若干ひきつるものだ。今日のように超寝不足だ、機嫌も決して良いとは言えない。私は重い瞼をなんとか最大限に開いて前のイスに座りこむをみる。
「いやいやいや、ちょ、マジでどうしたの。目ぇ開いてないじゃない。寝てないの?」
「んー寝た、んだけどね、4時間くらいは。でも眠り浅くって」
「年頃の娘にしちゃあり得ないくらい就寝が早くて人が夜メールしても基本翌朝返信なくせに」
「ははは…」
なにぶん事実なので何も言い返せす。まぁ怒ってるわけでもなく、本当に驚いているみたいなのでそこはあえてスルーさせて頂いた。
「で、ホント何かあったわけ?」
「いや、親切とおせっかいの狭間を彷徨ってたら、寝不足でね」
「は?何、その狭間って」
私は苦笑交じりに、情けない昨夜の自分をそのまま、彼女に話した。
「ははぁーらしいというか、なんというか」
「どうせアホですよ…結局おせっかいなのも承知で一応書いて持ってきたけどね」
「別におせっかいじゃないんじゃない?むしろ有難いと思うけど」
「そうかなぁー部活の忙しい人には、迷惑っぽく思われそう」
一晩悩んだ些細なメモを私は両手でいじりながら既に書いてしまったことを少し、後悔する。そうだ、仁王くんはただでさえ部活が忙しいわけで。そんな人にこんなモノを渡すなんて、「部活も大事だけど、委員会だってちゃんとやってね」って言うみたいじゃないか。全国トップレベルのテニス部レギュラーに、なんて無礼な…!
「大丈夫っしょ。てか、仮に相手がそう思ったとしても、だからってのしてることは間違いではないじゃん」
「う〜ん…自分ではそう思えない」
いっそひと思いにグシャッと握り潰しちゃえば、渡さないと決められるのに。だいたい、もうすでにメモ自体くてくてになってきてる。綺麗に書かなきゃと何度も書き直したけど、だいぶひどい見た目だ。
「あ、ほれほれ、来たよ」
「!」
の声に慌てて教室の入り口を見ると、仁王くんがテニスバックを持って丁度入ってきたところだった。丸井くんと会話をしながら、何人かのクラスメイトにおはようと挨拶をされ、おー、とか軽い返事を返している。相変わらず、眠たそうな様子だ。朝錬、えらいなぁ。
「何してんの、ホレ行っておいでって」
「わ、分かってるって!」
強引に押され、私はしぶしぶ椅子から立ち上がった。丸井くんも一緒だと渡しにくいかも…と思っていると、丸井くんが仁王くんから離れ廊下の方へ向っていく。お手洗いかな?とにかく、今しかない。私はくてくてになったメモを両手で持ち、意を決して仁王くんの席へと向かった。
「に、仁王くん」
「おお、。おはよーさん」
「あ、おはよ」
眠たそうだけれど、少しだけ口元を緩めて微笑んでくれた(多分)仁王くんに、私も挨拶を返す。ああ、緊張するっ。私は静かに息を吸って、そっと吐く。よし、言えっ!
「あのね、実は昨日委員会の集まりがあって…貸出当番の確認だったんだけど…」
「…もしかして、お前さん一人で行ってくれたんか?」
仁王くんがハッとするように僅かに目を見開く。この表情は、初めて見たかも…と、全く関係の無いこと一瞬考えてしまう。
「あ、うん、仁王くん部活で忙しいだろうし、各クラス一人いいって聞いたから」
「それは、すまんかったのぅ…お前さん一人に押し付けてしもうた」
「いいのいいの!ホント確認だけですぐに終わったし…でね、その当番なんだけど、」
申し訳なさそうに、眉を下げる仁王くんに私は慌てて首を横に振り、そして本題へと移った。自分の手の中にあるメモがさっきよりも草臥れてしまっていたけれど、思い切ってそれを仁王くんに差し出した。仁王くんはきょとんとした顔をしたけれど、すっと私の手からメモを受け取って、視線を落とす。
「えっと、火曜のお昼と金曜の放課後が当番、みたい」
「ほーう…これ、貰っていいんかの?」
「あ、うん、どうぞどうぞ…字汚くてごめんね!」
まじまじとメモを見つめられ、恥ずかしくなった私が苦笑しながらそう言うと、「汚くなんかなかよ」と仁王くんが小さく笑う。ああ、最初の驚いたような表情といい、さっきのしょぼんとした様子といい、今日はいろんな一面を一度に見ちゃったかも。嬉しいような、ちょっと落ち着かないような、そんな気分だ。
「仁王くん部活あるよね…?」
「んーそうじゃの、まぁでも幸村か真田に言えば多少部活遅れても問題なかよ」
「逆に当番すっぽかすと、真田にどやされそうナリ」、と肩をすくませる仁王くんに私は小さく噴出してしまった。なるほど、真田くんならそうなるなるだろうな、と真田くんには申し訳ないなと思いながらも笑っていると、仁王くんがふっと目を細めて微笑んだ。その表情に、思わず心臓がどきりと震える。
「面倒な係押し付けられたと思っとったが、お前さんとなら大丈夫そうじゃの」
「えっ!いや、そんな…あの、部活忙しい時はそっち優先してね!」
「はイイヤツじゃのー頼りにしとるぜよ」
「あ、うん、よろしく…!」
ふっと笑った仁王くんに、私もへにゃりと力なく笑みを返す。するとタイミング良くチャイムが鳴り、担任が教室に入って来たので私は「じゃあ」と言い残し、席に戻った。とりあえず、今朝の任務は完了。あとは、これから始まる当番だ。
席に着くと、が「ちゃんと渡した?」と訊いてきたので、私はウン、と頷いた。仁王くんの微笑んだ顔が忘れられず、まだ心臓が落ち着かない。そして、同時に少しだけほっとしていた。良く分からなくて、取っ付きにくいと思っていた噂のペテン師は、昨日の居眠り姿以上に、意外と普通の人のようだと、そう思った。
「、」
「ん?」
不意にが怪しげな笑みを浮かべながらこっそりと声をかけてきた。パッと彼女の方を向くと、人差し指で頬を突かれ、「顔、緩んでる」と笑われた。
どうやら私は、かなり単純な奴なのかもしれない。
戻