今年、私は生まれて初めて本命チョコというものを作った。
お菓子作りはもともと嫌いじゃないし、複雑なレシピでなければ人並みには出来る。ただ、可愛いラッピングだけはどうしたらいいのか分からず、仕方なくシンプルな箱にしてみた(もともとピンクとかリボンとか、私のキャラじゃないし)準備は、そこそこ順調。

本日はバレンタイン、世の乙女が愛する人のためにチョコを贈る日。

告白しようだなんて、そんな無茶なことは考えていない。だた、出来ることなら渡したいと思った。完璧と言われる彼だけど、その裏には彼の努力があることを、偶然テニスコートのそばを通りかかって目の当たりにしたあの日から、私は誰よりも直向きな彼に恋をした。恋人になりたいなんて言わないけど、応援したいっていう気持ちを込めて、チョコを渡したい。

ただ、ひとつだけ問題がある。一体どうやって渡せばいいんだろう。



「で、一晩中悩んでたせいで、クマできたん?」
「うん…」
「アホちゃう?」
「う…ん」

はぁ、と盛大にため息をつきながら、わが親友は軽く私の額を叩いた。叩かれたところは別に痛くはないけれど、寝不足で頭が痛くて、おもむろに手で額を抑える。

「あー…目が、へんー…頭も痛い…」
「バレンタインにクマ作ってくるなんて、ホンマらしいっちゅーか、アホやねぇアンタ」

アホアホ言われても、反論することが出来ない。生まれて初めて本命の人にチョコを渡すべく頑張ったというのに、どうやって渡そうか一晩中無い脳みそをひねって捻って考え抜いた結果がコレだ。結局いい方法は思いつかず、残ったものは寝不足による体調不良と目の下のクマ…だなんて、笑えない。

「こんなクマじゃ、直接渡すのは絶対無理…っていうか、そもそも白石くん私のこと絶対知らないし…」
「ほな、どないするん?机とかげた箱に入れるとか?」
「うーん…どうしよう、ホント、分かんない」

の言う方法も、昨晩考えた案の中にあったものだ。けれど相手は全国区のテニス部の部長で、当然ながら校内でもかなり有名な人気者。他の女の子のチョコでげた箱は満杯に違いない。机は、直接渡すのとさして変わらないし、何か、行動的にちょっと怪しいというか、難しい気がする。

「予想以上にうまくできたのになぁー…まぁラッピングはあんまり可愛くないけど」
「シンプルやねぇ。けど、そこがええとちゃう?って、アンタ…ほんまに大丈夫なん?」

折角珍しくが褒めてくれたというのに、私はぐったりと机の上に沈んでいて彼女の言葉をほとんど聞き逃してしまった。心配してくれる親友の声でさえ妙に遠く感じる。頭が割れそうに痛い。だるい。寝たい…。

「保健室、行く?」
「んー…少し、寝てこようかな」
「そうしな。付き添った方がええ?」
「ん、だいじょーぶ…先生には適当に言っといて」

最後の力を振り絞って(といったら大袈裟かもしれないけれど、それくらい辛い…)出来るだけ笑顔になるように笑って、私はふらりと立ち上がりよたよたと教室を後にした。

「失礼します…」

ノックをして静かに保健室に入ると、何故かしんとしていた。利用者名簿に記入をしようとテーブルに手を伸ばすと、『急用により只今退室中!利用者は名簿忘れんといてな。サボリ厳禁!!』と走り書きされている小さなメモ用紙があった。とりあえず名簿にクラスと名前、症状の欄に頭痛と書いて、幸い誰も居なくて空いていたベットに倒れるように潜り込む。

「はぁ…何してるんだろう」

バレンタインだっていうのに。そう思うと何だか情けなくて仕方がなかった。未だ教室のカバンに入れっぱなしのチョコを、今日中に彼に渡すなんて出来るのだろうか。

「無理かなぁ…諦めるしかないのかなー」

ぽつりと零れる、独り言はただの弱音。実際は諦めることなんか出来ないくせに、それでも不安になってしまう。それでも布団をぐっと引っ張り上げて、イヤイヤイヤと首を振った。頭が痛いから弱気になるんだ。とりあえず寝よう、寝て、頭をスッキリさせよう。

「そしたら、いい案が浮かぶかもしれないし」

そう呟いて、とりあえず少しでもこの眼の下のクマが消えることを切に願いながら私はそっと目を閉じて眠った。


あれから、どれくらい寝ていたのだろうか。だいぶ長いこと眠ってのかもしれない。自然と意識が覚めて、私はゆっくり目を開けた。もう頭痛もしないし、だいぶ楽になった身を起して、何時だろう、と制服のポケットからケータイを取り出そうとしたとき。シャッと音をたててカーテンが開かれた。

顔を覗かせたのは、保健室のおばちゃん先生だった。

「あ、さん起きたわね」
「あ、ハイ…」
「頭痛って書いとったけど、どう?もう痛ない?」
「あ、えっと…もう大丈夫です」
「そう。ほんならもうお昼やから、午後からは授業出れる?」

こくりと頷くと、先生はにっこり笑って「ほな、しっかりご飯食べて、頑張るんやでー」と言って自分のデクスの方へ戻っていった。私は手櫛で髪を整えながら上靴を履いてベッドから降りる。少し皺になってしまった制服を手でなでて、先生に軽くお礼を言って保健室を後にしようとドアに手をかけたときだった。

「先生、さんおる!?」

私がドアに触れる直前、ガラッと勢いよく開いたドアから現れたのは、制服姿のオウジサマ。驚いた私は「へっ!?」と素っ頓狂な声をあげて全身を硬直させた。なんで、なんで白石くんが!?え、って…私!?なんで!?と混乱して「え、え…え…?」と後ずさると、私に気づいた白石くんが真剣だった表情からパッと明るい表情に変わる。

さん!さっきクラスに行ったらさんて子に『保健室行ったでー』って聞いてん。もう大丈夫なん?」
「え、あ、う、うん…もう、へいき…」
「ホンマ?あーよかったわぁー…もう心配させんといてやぁ」

笑いながらホッと胸を撫で下ろす姿でさえ、華やかだなぁ白石くん…って!そうじゃなくて!どうして白石くんが…なんで?私が白石くんを知ってるのは当然のことだけど(だって彼は学校中の人気者!)、白石くんが私を知ってるなんて、あり得ない。接点が、あまりにも無さ過ぎる、のに、どうして。

「白石くん、ココ保健室やで、静かにしぃ」
「堪忍な、先生」

苦笑交じりに白石くんが謝り、先生がため息をつきながら私たちの方へやって来た。そしてポン、と私の背中を押しながら「さんのお迎えなん?ほんなら教室まで送ってあげてなー」と笑顔で言う。驚いて、え!?と声を発する前に、私は先生の力によって気づいたらドアの外に押し出されていた。呆然としている間にドアは閉まり、私はどうしようどうしよう…とうろたえる。すると、先ほどより少し落ち着いた声で「さん、」と白石くんに呼ばれ、私は少し肩を揺らしながら、ゆっくりと彼を見た。目が合って、白石くんはふっと、小さく微笑んだ。

「少し、遠回りでもええかな」

それだけで、私の心臓は大きく飛び跳ねる。



ゆっくりと、わざと遠回りをして、白石くんと並んで歩く。実際には一緒に並ぶのに気が引けて、彼の少し後ろを歩いていたのだけれど、気づくと歩調を合わせもらっていて、すぐ横に彼が立ってた。人気の少ない渡り廊下を抜けて、中庭を通りながら本校舎をぐるりと回る形で歩く。

さん、」
「は、ハイ」

声が裏返ってしまって、微かに白石くんが笑ったような気がした。ああ、恥ずかしい…でも、緊張しないでいられるわけがない。だって、相手は学校中の人気者のあの、白石くんなわけで、何故か彼は全く接点の無い私を知っていて、何でか分からないけれど、二人並んで歩いている(というか、二人っきりだ…)

「ホンマにもう大丈夫なん?」
「う、ウン…寝不足だっただけだから、寝たら治ったよ…あ、ありがとう」
「どういたしまして。それよりもさっきは驚かしてしもーて、ゴメンなぁ」
「う、ううん!それより…私に、何か用事、かな…?教室に来てくれたって、行ってたよね…?」

恐る恐る顔をあげてそう尋ねると、急に白石くんがピタリと足を止めてしまったので、私も一緒に立ち止まる。ドキドキしながらも、疑問符いっぱいで首をかしげていると、白石くんは俯いていつもの包帯を巻いた手で軽く頭をかいた。

さん、俺のこと知ってんねんな…」
「え、うん…白石くん、有名だもん…(校内で知らない人なんでいるのかな…)」
「ほんなら、なんで俺がさんのこと知っとるか、分かる?」

私はゆっくり首を横に振る。ついさっき、彼が保健室に現れるまで、自分ことなんか絶対知らないだろうと思っていた。だって、有名人な白石くんに対して、私は平凡ないち生徒。一方的に私が白石くんを好きなだけであって、接点なんて何にもない。不思議に思っているのが分かったのか、白石くんはふっと小さく笑って、少し目を細める。優しげなその表情に、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。

「しゃーないわ、俺らホンマに接点無かったもんなぁ。それでも、俺は偶然やけど、さんと出会っとるんや。一人で練習しとるときに、たまにコートの近くを通って帰る子がおってな」
「…あ」
「な、心当たりあるやろ?そんで、ボール手にとりながら、またあの子やー今帰りなんかな、ってちょっと見とってん。そっから、廊下ですれ違ったり教室の前通る度に、あの子やーって、思ってな。いっつも友達と楽しそうにしとって、何や可愛らしい子やなーって」
「!」
「最初は何気なく見てただけやったけど、だんだん気になって、また帰りに会えるんかなとか、話してみたいなとか、コッチ向かへんやろかとか」

夢なんじゃないかと思う。まさか、白石くんが私を見ていてくれていたなんて、思いもしなかった。ただ私が一方的に彼を見ているだけだと、ずっとそう思っていたのに。嬉しくて、信じられなくて、なんだか泣きそうになった。白石くんは、一度ゆっくりと瞬きをして、そして真っ直ぐと私を見た。

「今日バレンタインやろ?」
「…うん」

涙をこらえているせいか、声が変な風になった。貴方に渡したいものがあるのって、言いたいのに。

「本音言うと、さんからチョコ貰えたらええのになーって思ってたんやけどな。接点無いから、無理やろって思って。せやから、俺からっちゅーことで、コレ受け取ってほしいねん」
「…えっ…」

照れくさそうに笑って、白石くんが制服のポケットから取り出したのは、小さな赤い紙に包まれたチョコ。驚いてチョコから再び白石くんの顔を見ると、ほんのり赤くなりながらもすごく真剣な顔だった。

「俺、さんが好きやねん。小っさいけど、正真正銘の本命や。嫌やなかったら、受け取って欲しい」

嫌やったら、友チョコとでも思って貰って、と苦笑いをする白石くんに、私はぎゅっと目をつぶって首を横に振った。耐えきれず涙が溢れたけど、必死に声を絞り出す。嬉しい、本当に嬉しい、だから、私も今ここで伝えなきゃ。泣いてもいい、でも笑顔で、頑張れ私。

「…私も、ずっと見てた…白石くんがすごく…頑張ってるところとか見て、それだけでも幸せで…だから、チョコ、ありがとう…私も、白石くんが好き」

多分泣き顔でみっともない顔だろうけど、それでもちゃんと笑って、顔をあげてそう言うことができた。白石くんの掌の上にあるそれを受取ろうと片手をあげると、不意に手首を掴まれてそのまま抱きしめられる。

「アカン…めっちゃ嬉し…」

私の髪に顔をうずめて、白石くんがそう呟く。また涙が溢れてきて、それでも「私も…」と応えると、さらにぎゅっと強く抱きしめられた。白石くんの体温が暖かくて、夢じゃなんだなぁと思った。ゆっくりと、少しだけ白石くんが身体を離して、覗き込んでくる。顔をあげるとそっと片手が頬に添えられて、お互いに見つめあって笑った。まっすぐな白石くんの瞳が、うっすら涙に濡れていて、とても綺麗。

さんも、見ててくれたんやな…おおきに」
「私こそ…見ててくれて、ありがとう。あと、チョコも…ありがとう。でも、勿体なくて食べれないかも」
「アカン。ちゃんと味わって食べてや、俺からの逆チョコ」

真剣にそう言う白石くんが可愛くて、とても愛しくて、自然と笑いがこぼれる。

「私もね、白石くんに渡したいチョコがあるんだ…今日渡せたらって思って、作ってきたんだ」
「ホンマにっ?」
「うん。本命なんだけど…後で、受け取ってくれる…?」
「当たり前やん!うわ、ホンマにめっちゃ嬉しい…エクスタシーや…!」

ただ見ているだけの想いは、もうおしまい。
これからはちゃんと直接、あなたに届けるよ。


だから必ず、受け取って。




見つめるその先に、エクスタシー。
気になるあの子に恋の逆チョコ絶頂!作戦、完璧な大成功や。