ふぅ、と零れる一つのため息。
折角見つけたお気に入りの対象である隣人の少年が、休憩時間になった途端席を立ってしまい、再び楸瑛が暇を持て余していた。
頬杖をつきながらつまらなさそうに窓の外を眺めていると、不意に室内が僅かに騒がしくなった。そのどよめきに覚えのある楸瑛は、すぐにその原因を突き止め、口元に笑みを浮かべる。
今日は実に自分はツイているようだ。
室の入り口あたりにひょっこりと顔をだした、どよめきの原因である一人の少年。きょろきょろと辺りを見回す姿はやはり十六歳らしく、どこか幼さを残している。
楸瑛が頬杖をついたまま少年を観察していると、少年はざわめき合っている周囲の大人には見向きもせず、堂々と入室してきた。どうやら人を探しているような様子である。
ちょうど声をかけやすい位置に少年が歩み寄ってきたところで、楸瑛は人当たりのいい笑みを浮かべながら声をかけた。
「誰かお探しかな?、殿」
楸瑛の声に気づき、と呼ばれた少年は声の主を振り返る。楸瑛がにこりと軽く微笑むと、彼もまた僅かに微笑を返してきた。その反応に、紅家の養い子とは少し違う性格のようだな、と楸瑛は考える。
「藍家のご子息が僕のような者を知っているとは」
「お互い今年最も国試を騒がせている受験者の一人、だからね」
「まあ、僕は貴方ほどではないと思いますよ」
苦笑を浮かべる少年に、年頃が近い故か、楸瑛は妙な話し易さを感じた。気難しそうな先の銀髪少年と違って、“もう一人”の方は温厚で柔和な性格のようだった。
「それで、誰をお探しなのかな」
「李絳攸という銀髪の少年が確かこの室で受験していると思ったのだけれど…」
「ああ、彼ならそこの席に座っていてね。今は席を外しているよ。おそらく、厠か何かじゃないかな?」
無言で席を外した隣人だったが、持参していた本は席に残したままだったので、楸瑛は厠だろうと予測した。
途端、目の前の少年の顔から、微笑が消える。かわりに現れたのは、苦笑交じりの困り顔だった。
「厠…ですか。まずいな…」
ぼそりと呟いた少年の言葉に、楸瑛はおや、と首をかしげた。厠など、誰でも行きたくなる生理現象の内なのに、一体何が問題なのだろうと疑問に思う。それを尋ねようと思ったが、それよりも早く少年が口を開いた。
「どうも有難うございます、藍楸瑛殿。僕は、彼を探しに行くのでこれで失礼します」
「探すって…そろそろ帰ってくると思うけど」
そう言いながらも楸瑛自身、確かに厠にしては時間がかかりすぎていないだろうか、と考える。首をひねる楸瑛に、少年は苦笑で答えた。
「帰ってこれればいいのですが…ね。とりあえず僕は彼を探すので、では…」
「ああ、待ってくれ。これも何かの縁だ、私も一緒に行こう。いいかい?」
「あー…そう、ですね…まぁ、…僕がお断りするのも妙ですし…」
「では、同行させてただこうかな」
若干戸惑ったものの、さほど迷惑そうな様子でもなかったので、楸瑛はにこりと笑って席を立った。
こんなところに座っていても、退屈なだけだし…それなら、この少年といた方がもっと面白いことになりそうだ、などと考えながら、楸瑛は2つ下の少年と並び、室を後にした。
「ところで君、敬語はやめないかい?」
「はぁ、…ですが僕の方が年下なので」
真面目といえば真面目、礼儀正しく、当然といえば当然な答えを、きょとんと年相応の表情で言うに、楸瑛は苦笑を浮かべる。
「折角年の近い者同士が出会えたのだから、出来れば普通に話して欲しいのだけれど…」
自分で言っておきながら、頭のどこかでその発言に少しだけ楸瑛は驚く。厠へ向かった少年ではないが、誰かと馴れ合うつもりなど、全く無かったのだが。
楸瑛の言葉に、数回瞬きをして、という少年はふっと微笑んだ。
「そうですね…僕も、敬語は少々疲れるので、では…お言葉に甘えてさせえいただこうかな」
楸瑛の所望通り、敬語を使わずに話し始めた少年に、微笑みながら小さく頷いた。
そして李絳攸を探しながらふと、自分が出会ったばかりの年下の少年二人を思いの外気に入っていることに気づかされるのであった。
もう一人、みっけ。
楸瑛と主人公の出会いです。
今更なのですが、主人公と絳攸の出会いをすっかり忘れていました…(土下座)まぁいいや、話進めちゃおう(おい)
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