ぶんじつ! 2
4限終了の鐘が鳴る、数分前。
すでに大半の生徒の集中力は切れていて、どこか早めに授業が終わったクラスもあるのか廊下は少しずつ騒がしくなっていく。
鐘が鳴り、号令と共に一斉に皆が動き出した。私は教科書とノートをさっさと机にしまい、素早く今朝コンビニで買ってきたパンの袋を破って、思い切り齧り付く。
「あれ、、今日は弁当じゃないの?」
「お母さんが今朝寝坊したから、買ってきた」
すぐ近くの席にいるが弁当を広げながら「珍しいねー」と言う。
「そんなに急いでるってことは、今日も行くの?保健室」
「…んぐっ、うん」
口いっぱいに頬張り過ぎてすぐには飲み込めず、一拍遅れて返事をすると、丁度お弁当を手に持ってやって来た滝が「、ちゃんと噛まないとだめだよ」とクスクス笑っていた。と私のすぐ間にイスと置いて、優雅に座った滝は、相変わらず健康的で美味しそうなお弁当を広げて食べ始めた。
「あーあ。お弁当ある日は、たまにはコンビニのアレが食べたい!とか思うけど、いざコンビニ弁となると、手作り弁当の価値が分かるかも。すっごい美味しいそう」
「ふふ、欲しいものあればあげるよ?パンだけじゃ栄養偏っちゃうじゃないか」
「あ、じゃあそのミートボール欲しいっ」
「これ?いいよ。ハイ」
刺し箸なんて滝がするはずもなく、器用にも箸でとって、きちんと空いている手を添えてこちらに向けてくれた。私は口を開けてパクリとそれを口に入れ、柔らかなそれを味わう。
「どれどれ、可哀そうなちゃんに、私からも何かあげましょうかね。卵焼きは?」
「あ、欲しい。いただきますっ」
滝と同じくも卵焼きをこちらに差し出してくれたので、私は素早くそれにも食らいついた。コンビニのパンだけでは味気なかったので、二人のお裾分けがやけに美味しく感じられ、二人に礼を述べるとが「イエイエ」と言い、その後に続いて滝が「どういたしまして」と笑った。
「よし。じゃあちょっと、行ってくるね」
パンを食べると同時に私は突然スイッチが入ったかのように立ち上がる。そんな私を見て、二人は苦笑を浮かべた。
「毎日頑張るね」
「今日こそは上手くいくといいねぇ」
「…そろそろ折れてくれればいいんだけどね…まぁ、とりあえず気合入れて話つけてくるわ」
「ふふ、いってらっしゃい」
「いってきます」
まだ食事中の二人に軽く手を振り、意を決して教室を後にする。向かう先は、先ほどが言っていた通り、保健室だ。
「今日こそ許可とってやるんだから…!」
一度立ち止まって意気込んだ私は、しっかりした足取りで廊下を進んで行った。
その日の放課後、私は昼間以上の勢いで廊下を歩いて、というかもはや走っていた。それはもう、息が上がるくらいに。途中、忍足とすれ違って、「廊下は走ったらアカンでー」と笑われたが、私は笑って手を振るだけでその注意を無視した。それくらい気分が良かったのだ。
ようやく目的の場所が見えてきて、少しずつ失速していく。そして立ち止まったのは、保健室の前__ではなく、生徒会室の前だった。そのまま間髪いれずに、扉をノックする。返答がくる前にそのまま開けてしまい、中に居た跡部が端正な顔を少し歪め、呆れた顔をした。
「お前…俺はまだ入室を許可してねぇぞ」
「ごめん、つい」
笑いながら適当に謝罪をすると、跡部の傍に立っていた男女二人組がこちらを見てクスクスと笑っていた。その二人が生徒会メンバーの2年生だと気付き、まさか他に人がいると思わなかった私は慌ててその二人に頭を下げた。
「あっ、ごめんなさい…仕事中だったよね…?」
「いえ、会長から連絡事項を伺っていただけなので、もう済みましたし大丈夫ですよ」
「それに先輩なら、ここに自由に出入りしたって問題ないッスよ。そうですよね、会長?」
優しそうな女の子の言葉に続いて、男の子の方が笑いながら跡部に話を振る。私はその意味がいまいちよく分からず、その2年生の視線につられるように、跡部を見た。先ほど以上に眉間にしわを寄せた跡部は、腕を組んで明後日の方向を向いて、吐き捨てるかのように「ンなわけあるか」と呟いた。え、ダメなんじゃない…!と思った私は、どうやら表情に出ていたらしく、2年生組はさらに笑みを零す。
「先輩、俺達はこれで失礼するんで、どうぞ」
「あ、うん。ありがとうございます…」
「では、お先に失礼しますね、会長」
「あぁ」
跡部が一言短くそう答えると、二人は揃って私にぺこりと頭を下げながら、生徒会室を出て行った。きちんと扉が閉められ、さっきの笑みは何だったんだろう?と茫然と考えていると、いつの間にかイスに腰掛けた跡部が「で、お前は何の目的で乱入してきたんだ?」と話しかけてくる。
「ハッ、そうだ…!跡部、保健の先生から飲食店の許可出た!」
私は跡部が座って頬づえをついているデスクに駆け寄り、両手をついて身を乗り出すように今日の成果を報告する。私が接近した分の距離を取り戻すかのように、跡部がゆっくりと上半身をイスの背もたれに預け、腕を組む。
「あぁ。それなら知っている。保健医が俺のところまで来て、確認とって行ったからな」
「え、そうなの…あいつ、ちゃんと生徒会からはOK出てるって言ったのに」
「お前との交渉内容が本当に大丈夫なのか、事後報告も兼ねて俺に訊ねたんだろう。俺も向こうが許可するなら問題ないと伝えたから、気にしなくていい」
「やっ…たー…っ!」
跡部の言葉で、先ほどまでの興奮とは異なり、やっと安堵した私は胸の前で手を組んで、長く息を吐いた。先週から毎日、保健室に通いつめて何度も何度も食い下がった甲斐があった。
「具体的にどういう流れになったのか、お前の口からきちんと報告しろ」
「あ、うん」
あくまでも冷静な跡部の言葉に、私は少し落ち着きを取り戻して今日保健室で念を押された条件を報告する。
「えーっと、うちのクラスでやることになってる冷やしうどん屋なんだけど、いくら水でさらすだけで食べられるって商品でも、必ず一度は火を通さないとだめだって言われたから、料理部に交渉して、調理室の調理台1台をなんとか譲ってもらった」
「アーン?一台で手は回るのか?」
「コンロ2個あるし、うまく連携すれば出来ると思う。調理室の鍋って大きいし、流し台もスペース広いし。やってみせる」
「ほぅ…牛丼だかいう、丼物を出すクラスの方はどうなった」
「そっちに関しては、炊飯はクラスでやってもらって、あとは社会科準備室の給湯スペースを借りてやってもらう形になりそう。うどんと違ってレトルトの具はお湯で温めるだけだから、移動もそんなには遠くないし、コンロ1個あれば出来るはず」
「そうか。その2クラスでかなりの食事が用意出来そうだな」
「うん!あ、それと検便のことだけど、例年より検査人数が多くなるから、同じ検査内容で値段の安いところに頼んでくれるって。そのかわり、きちんと検査受けるのを徹底させて、一回の検査で済ませるようにしろって。予算的にはかなり嬉しくない?」
最後の報告には跡部も僅かに目を見開いた。どうやらそこまで向こうが譲歩するとは思っていなかったようで、しばし私の顔を見つめた後、にやりと笑みを浮かべて、「上出来だ」と褒めれくれた。
「お前にしちゃ、なかなかの成果なんじゃねーの」
「ほんと?先週から毎日のようにお昼休み潰して通って、もう喧嘩腰になりながら食い下がったからね」
「ずいぶん噛みついたようだな。保険医のやつ、俺のところに来た時にはだいぶ疲れ切った顔してたぜ。まぁ、それでも最後は例年以上に衛生管理を徹底しろと言われたからな。それについては改めて対策案を作成して、報告すると言っておいた」
もしかして、その対策案を考えて持ってくのも、私なのだろうか…と考えていると、あっさりとそれを見破られ、「お前の仕事だろうが」と鋭い眼差しで睨まれてしまった。私は力なく笑いながら、「はーい」と返事をする。
「あー…これで外部のお客さんにもちゃんとしたご飯もの食べてもらう機会増えるし、食品関係の問題はひとつクリアかなぁ」
ふー、と長く息を吐く。まずは一つ、それなりに大きな課題をクリア出来たように思えた。同時に、跡部はいつもこんな風に動き回っているのだろうか、とこれまで自分たちの委員会が生徒会に頼りっきりだったことを深く反省する。
今回の件は、跡部がやっていたらもっと早く決着がついていたのかもしれない。けれどそれは、跡部や生徒会の『信頼』が勝ち取るものであり、つまりは今の文化祭実行委員会にはそれほどの力が備わっていないということなのだろうと頭の中で考えた。尊敬すると同時に己の情けない状況を思い知り、この先の一抹の不安を感じた。
「まだまだ、やらなきゃいけないことは沢山あるんだよね…」
俯いたまま、ぽつりと零した言葉に反応して、跡部が自分の方を見たのが何となく分かった。私は唇を噛みしめ、顔をあげる。跡部の、蒼く美しい双眸と、視線がぶつかる。
「私、頑張るから。文実が必要だってこと、生徒会と協力して学園行事を盛り上げる大事な組織だってことを、少しでも証明できるように、精一杯やるから。だから…」
何と言葉を続けるのが適切なのか自分で分からなくなり、少し考えてから首を傾げたまま「よろしく、お願いします…?」と疑問形で終わることになってしまった。
「なんでそこで疑問形なんだよ。アーン?」
「や、適切な言葉が見つからなくて…」
跡部は呆れたようにそう言いながらも、ふっと僅かに笑みを浮かべた。あまりに綺麗な笑みに、心臓が僅かに跳ね上がる。この男は、本当に私と同じ年なんだろうか。こんな笑い方が出来るなんて、なんと末恐ろしい男だ、などと思う。
「お前のその言葉、俺は信じてるぜ」
「…が、んばります…」
フン、と強気の表情があまりに様になりすぎていて、私は跡部を直視し続けることが出来ず、頷くように見せかけて視線を下に逸らした。デスクを見つめながら、跡部の言葉が私の意識に染みわたり、照れくさいような、嬉しいような心地になる。
これは、頑張っていいところを見せるしかない、と思った。
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